「一億人の妹」というキャッチフレーズでデビューしましたが、たちまち人気者に。
歌は上手ではありませんが、やはり「一億人の妹」というキャッチフレーズにふさわしいイメージであったことと、TBS系列で放送された「コメットさん」(全68話)が高視聴率を取ったため、好感度が上がる。
また7枚目のシングル曲だった「スプリング・サンバ」が大ヒットしたことで、大場久美子さんの代表曲にもなりました。
しかし自ら音痴であることを認め、「歌手は引退します」という名台詞とともに女優の世界に旅立ちます。
1984年に発売された大場久美子さんのヌード写真集『大場久美子』は今でも高値で推移している、お宝写真集です。
■■大場久美子コレクション■■大場久美子さんが所属していた事務所の「ボンド企画」1992年に倒産してから、不遇の時代を送り、サイドビジネスとして知人とともに始めた飲食店事業の連帯保証人となっていたために、自己破産を経験する。
後に結婚もしましたが、離婚。
2008年にテレビにて、自身が「パニック障害」に8年間もの間、かかっていたことを告白して、反響を呼びました。
そのため現在でも、ご本人のブログでも、パニック障害などの病気に悩んでいる人たちからの投稿が多い。